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東京高等裁判所 昭和50年(ラ)553号 決定 1975年10月28日

抗告人

小林美知

主文

原審判を取消す。

抗告人の名「美知」を「美和」に変更することを許可する。

理由

抗告人は主文同旨の決定を求めるというのであり、抗告理由の要旨は、抗告人は昭和二七年ころから通名として「美和」を使用して今日にいたり、社会的にも固定しているので、申立人の名「美知」を「美和」と変更することの許可を求める、というにある。

よつて、検討するのに、一件記録(ことに千葉家庭裁判所調査官本田勉の調査報告書)によると、申立人は現在三八歳の婚姻経験のある女性で、現在セントラルゴルフ場のキヤデイーとして働いているが、遅くとも昭和四五年ころ成田国際ガントリークラブにキヤデイーとして就職する際申立人の名を通名の「美和」として届出し、それ以来各勤め先では右通名で識別されており、銀行預金通帳(昭和四九年九月二四日及び昭和五〇年三月三日各発行)、健康保険証(昭和四九年六月一四日発行)、厚生年金証書(昭和四九年六月一三日)、失業保険証書(昭和四九年六月一三日発行)、電話申込書(昭和五〇年三月一〇日付)もすべて通名の「美和」となつていることが認められる。ところで、戸藉法一〇七条二項の名の変更のための正当な事由の一類型である通名使用は、動機の如何にかかわらず法規の許す範囲内で申請人が名を変更したいとする意思は最大限度で尊重しなければならないとの要請と、名の変更によつて惹起されることのある社会的混乱を未然に防止する要請とを調和する作用を営むものである。人の名による個人識別は、その人の知名度の高低によつて深浅があり、知名度はその人の社会的地位、職業、社会活動などにより形成され、個人毎に特殊の事情が存在しそれに左右される。戸籍名を通名に変更するにあたりそれが同法同条の正当な事由にあたるかどうかを判断する基準となる通名使用の年限、通名使用の範囲も、また、右のような個人的な特殊事情を基礎として判断すべきであり、それによると社会的に混乱を生じないであろうとみられるかぎり、同法同条の正当な事由が存在するものと解するのが相当である。右認定事実によると、抗告人の右認定のような社会的地位、職業、社会的活動が殆んどないことなどの点からみると、通名使用以前の戸籍名による抗告人識別の関係は、勤め先、親族、少数の知人、自己の消費生活に必要な諸機関との接触による場合など極めて限定された小範囲内であるから、抗告人が通名「美和」をその者たちに周知徹底させ識別に誤りのないようにするには、右認定の程度の通名使用の年限、使用範囲で十分であり、抗告人が戸籍名「美知」を通名「美和」に変更しても社会的な混乱を生ずるものとはみられない。したがつて、抗告人の通名美和の使用は、戸籍法一〇七条二項の名の変更の正当な事由が存在する場合にあたるものというを妨げない。よつて、抗告人の本件申立は正当としてこれを認容すべきところ、これと異なる原審判は失当であるからこれを取消し、直ちに本件申立を認容するのが相当であるから家事審判規則一九条二項により、主文のとおり審判する。

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

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